というわけで戯言シリーズの2作目。
クビキリサイクルが面白かったので続けて読んだのですが、これが相当な曲者でした。
文体は、前作のほうが好きだった。少し機械的にこねくりまわしている印象が今作にはあった。
でもイヤになるほどではなかったので、無事に読了。最後はやっぱり一息に読みました。
何よりも驚いたのは、主人公が完全に事件を操っていたこと。
なるほど、殺人鬼と鏡合わせの存在とは、そういうことかと思った。
種明かしのところ(上述の“最後”)は面白かったです。
あと、まじで彼の過去に何があったん? どっかで語られるのこれ??
あ、あとね、この“鏡合わせ”という概念を読んで、真っ先に『続・終物語』を思い出しました。
西尾さんは戯言シリーズ2作目の時点で鏡について考えていたんだなぁってわかって面白かった。
20パーセントくらい、この世の人間には取りこぼしがあるみたいな感覚。20パーセントくらい自分と違う人間が、他にいるのではないかとかいう視点。
西尾先生はひょっとしたらそういうことをよく考えていたのかもしれないですね。「もしかしたら、何かがあったら、進んでいたかもしれない別の道の自分の姿」というものを。
面白かったんですが、ちょっと怖かったんです。
一人称小説なのに、主人公の思考回路がわからない。
人を死に追いやり、殺人者に仕立て上げておいて、平然としている。
意図的だったのか、遊びだったのか、偶然だと思っているのか、そこもわからない。
こういう人間の一人称を、そんなにすすんで読みたいと思わないのです。
だから少し休憩中。
そうそう、y/xについては、さっぱりわからず考察を読みました。いや、無理がないか? とちょっと思ったけど、堂々とそういうことを発表するのもまた、作家の度胸なのかもしれない。


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