1994年/アメリカ合衆国/142分/監督・脚本:フランク・ダラボン/原作:スティーヴン・キング『刑務所のリタ・ヘイワース』/出演:ティム・ロビンス モーガン・フリーマン
9月にもいろいろな作品に触れていたのですが、記録できずにおりました。元気に生きています。
忘れてしまったものも多いけれど、思い出しつつ、記憶に残っていることを記録にも残していきますね。
まずはさっき観終わったばかりのこちらの作品から。言わずと知れた名作です。
私はこの映画を、かなり若い頃(日本公開時は中学生だったはずなので、観たのは映画館でではなくビデオでだけれど、20歳になっていたかも危うい)に一度観ています。以来「好きな映画」として挙げてもきました。
だけど、当時、この作品に高い評価を下していたのは、私ではなく5歳年上の兄でした。
私は実家にいた頃、無意識のうちに兄におもねって生きていたので(幼い頃にいじめられていたので、二度といじめられないよう、気に入られるための言動をとっていた。と思う)、兄と同じ評価をして満足していただけだったんじゃないかと、あとあと思い始めました。
だから大人になってから、「いずれ再視聴しよう」と決めていたものの、けっこう長めの作品で、なかなか手が出ずにいました。(と、ここまできて、最近の映画感想に上映時間を記し忘れていたことに気づく。まぁいいか)
今日、本来あったはずの予定が無くなり、ぽっかり時間が空いたので、「あ、映画観よう、長めのやつ!」と思って、この作品を選びました。アニメの気分でもなかったので。
観てよかったー! 忘れていた部分は多かったけれど、好きな作品でした。昔のように「わかったふり」もしなくていいくらい、ちゃんと中身もわかったと思う。いや、昔だってバカではなかったので(知らないことはたくさんあるけど、子どもはバカではないですから)、私なりに感じ入ることはあったでしょう。でもやっぱり、今ほど深くこのテーマを理解してはいなかったんじゃないかな。成長していたい私がそう思いたいだけかもしれませんけど。
そして、改めて観て、「好きな作品だけど、特別な作品ではないな」ということもわかりました。ここがとても大きい。兄の呪縛から、解放されている証拠だ。私の目には『ガタカ』のほうが名作に映っています。
前置きがとても長いのは、それだけこの作品が私にとって重要だったからだと思う。自分の思いをまずは吐き出させてもらいました。
では中身に関しても、簡単でもいいから感想を記します。
アンディのあり方が教えてくれるもの
この作品のテーマは「どんな環境にいても希望をもつことはできる」「希望はいいものだよ」だと思います。
終身刑で気が遠くなるほど長く刑務所に入れられる。その中ででも、どう生きるかは選ぶことができるのです。『夜と霧』を思い出した。
アンディが、圧倒的な拘束の中、自由な心で決して希望を失わず生きる姿が、レッドを始め刑務所の中のみんなにも影響を与えます。
誰にでもできることじゃないのかもしれないけれど、本当は誰にでもできること。
彼は心の底から「至らない夫だったかもしれないけれど、その罪はもう償ったし、殺しはしていない」「終身刑で刑務所にいる人間では決してない」と信じていました。いつだって頭と心に音楽を携えて、軽やかに生きていた。刑務所の中でも。
だから、現実が彼に味方をしたし、彼の理想を実現させてくれた。
いろいろな偶然が重なっていて、奇跡のようだった。抜き打ち検査のとき、なぜ所長は聖書をめくらなかったのか。なぜ壁のポスターを見逃したのか。脱獄を決めた後、都合よく雷雨の日が訪れたのはなぜなのか。
もしかするとアンディがものすごく洞察力に優れていて、そういうのも見越していたのかもしれない。でも、だからといって絶対はないし、大きな力が背後にあったようにしか思えない。
アンディは本当に過酷な状況下に置かれていたと思うけど、“過酷な状況下にとらわれている”っていう意味では、きっと刑務所に入っていなくたって同じ人はいっぱいいるんじゃないかな。
刑務所にとらわれるというのは、わかりやすい状況だからスッと受け入れやすい。でも、本当は、すべての人間が自分にとっての過酷な状況下で、何かにとらわれていても、アンディのように生きられるんです。
今の私には、アンディの生き方がよくわかる。あそこまで強靭でいられるかはわからないけれど、私も今、同じ生き方を選んでいるから。
一度目の視聴ではきっと「すごいなアンディ」が先行していたと思います。でも今は「私ももしかしたら、刑務所に入ることになっても、自由な魂のまま生きられるかもしれない」とぼんやり思うんです。いや、私は美しく生きたいので犯罪する気は無いが、アンディのように無実の罪で入れられるケースだってあるわけだからね。
思い通りにならない運命を不幸だと嘆くのではなく、その中でも毅然と生きる。自分を失わない。自分軸で、どこででも生きる。
そういう姿をアンディは見せてくれました。響く人、多いと思う。
自由や希望を心から失った人ほど刺さるのではないか。当時の私の兄も、そうだったのかもしれません。
希望はいいものだよ
FGOの周回しながら観ていたので(イベントの素材交換が終わってなかったから。無事に終わった)、吹替で観ました。だからバクストンの牧草地で、レッドが読んだアンディからの手紙のセリフは「希望はいいものだよ」でした。
私はここで、涙が出ました。
「希望をもったってどうにもなりやしない」という考えに至る人間は多いと思います。無理して頑張っているのに一向に報われない人はたくさんいる。本当は“無理して頑張っている”こと自体が問題なのだけれど、そこに気づける人はなかなかいない。
でもね、希望を諦めた人たちは、希望を諦めたかったわけじゃないし、諦めているように見えても、たとえ自分でそう思い込んでいたとしても、本当に諦めているわけじゃない。絶望を望んでいるわけでもない。
だって生きているんだもの。本当に諦めたら人は死にます。ブルックスのように。自らでなくても、緩やかに死に向かいます。でも生きている人はみんなどこかで願っている。「ここから出して」「幸せになりたい」って。
本当に願っているのは幸せであって、「希望が欲しい」と心の奥では切望しているんです。
レッドはアンディに助けてもらったように感じているかもしれないけれど、アンディを見て自分で学んで気づいて希望を獲得した人です。バクストンの牧草地に向かうことを選んだのは、レッドなのだから。あのときの彼にとって「希望はいいものだよ」は光り輝いて見えただろうし、真実だったと思う。
二人が再会するところまで描かれていたとは思っていなくて(忘れていたので)ちょっとびっくりしました。視聴者の想像にゆだねずちゃんと全部見せてくれるの嬉しいですね。
私も自信をもってうなずきます。「希望はいいものだ!」と。
痛快な脱獄はおまけ
アンディが脱獄する経緯は面白いですよね。
“諦めない心”が大事なんだ! と思う人もいるかもしれません。それはそれでたぶん正しい。
私は脱獄は物語をわかりやすくするためのおまけだと思っています。
根幹はアンディの生き方にやっぱりあるように思う。
ハドリー看守に「3万5千ドルはそのまま手に入ります」と言ったところから事態は大きく動くわけだけど(ビールを屋上で飲む映像めちゃくちゃよかった。あれも自由や希望の象徴だと思う)(フィガロの結婚を流したシーンも好きだったなぁ)、あれ、どこまで打算だったんだろう。
なんか、あれもアンディの「自由さ」が起こした気がするんです。有用な人間であると示して便宜を図ってもらおうという意図はゼロではなかったかもしれないけど……目の前にいる人の役に立てそうだと思った(看守がこうむっていた理不尽さに怒っていた)(あー、弁護士にはめられている人が自分とかぶって見過ごせなかったのかもね)から進言しただけなんじゃないか。だからこそ看守の心も動かされたんじゃないか。
とはいえ、脱獄後のアンディの様子とか、爽快ですよね。現実世界の“何か”にとらわれている人は、うらやましく思うんじゃないか。
とまぁそんな感じでしょうか。テーマが明確な作品なので、あれこれ考えなくてすみました。
トミー(真実を話したがゆえに看守と所長に殺された人)の死は悲しかったな……アンディに決断させた最も大きな事件ではあったと思うのだけれども。
面白かったです! 長年の引っ掛かりが取れてスッキリもした! 今後も希望を胸に生きていきます。


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