てっきり継続するんだと思っていたのだけれど、ここでいったん終了なんですね。
ツイッターで強制的に目に入ってくる情報をうすぼんやり眺めていて、不穏な空気は感じ取っていたのですが、観て、「あーなるほど、ここまでの“和気あいあい”は(効果的に落とすための)前振りだったか……」と納得しました。
「逃げたら一つ、進めば二つ」
この言葉、前のブログで、開始したときに私はこう言っていました。
「逃げると一つ、逃げない(なんだっけ、立ち向かう? 忘れた)と2つ」という言葉は、私には呪いに聞こえます。
自分の幸せのために選ぶ道は、どんなものでも正解です。そこに「逃げる」なんて概念は要らないって私は思うから。
「逃げる」なんて言葉をつけるから、抱かなくていい罪悪感が生まれるんです。
罪悪感は人の感情を鈍らせます。本当に選びたいものを選べなくさせます。そんなの悲しい。どんな選択をしたっていいんです。
思っていたとおり、やっぱりプロスペラ(スレッタのお母さん)からスレッタへかけられた呪いでしたね。
対スレッタとそれ以外とでの声音の違いとか、プロスペラは初めから怖かった。
最終回では「こうやってずっとマインドコントロールしてきたのか……」とも思いました。
完全に子どもを復讐の道具だと思っている。
いざというときに進める(=戦える)人間にするために、幼いときから刷り込んできたのが「逃げたら一つ、進めば二つ」というマインドだったんですね。
スレッタは純粋だからこそ、思い込めばまっすぐなんでしょう。
自分に優しいお母さんを盲目的に信用する。
自分を害さないもの、優しい人は善だという認識をもっている。
エランに対する好意もたぶんそれだったんだと思う。
お母さんの思惑に気づけないのは、スレッタのせいでしょうか。
自分の頭で考えさせないようにされてきた(マインドコントロールされてきた)人間が、そこから抜け出せないのはよくないことでしょうか。
私はそうは思いません。
でも、スレッタにはここから、“大好きなミオリネさん”に「人殺し」とののしられたところから、徐々に本来の彼女に戻っていってほしい。
母親が人を殺したときの違和感こそが自分の感情なんだって。
そして、必ず立ち向かわなければならないなんていうのは幻想だと、いつか気づいてほしいです。
いろんな親子関係
いやいや……グエル先輩の親子対決エグすぎなんだが……
グエル先輩は、「親に認められたい」と「本来の自分として生きたい」のはざまにいた人。
親の呪縛にとらわれていたけれど、スレッタとの出会いによって“自分”に目覚めたんですよね。
だからこそスレッタは大事だし、あの場面では助けにいきたいと思うのも当然です。
ヴィムさん(グエル先輩のお父さん)は、グエル先輩のこと「出来損ない」みたいに思ってるんだなーって感じだったんですけど(事実、そういうふうに描かれてもいた)、制作側はあえてそういうミスリードをしたかったんだなって、12話を観て思いました。
要するに、「優しい母親(プロスペラ)が子どもを想っているとは限らず、厳しい父親(ヴィム)が子どもを想っていないとは限らない」というメッセージだったんだと思う。
ミオリネさんとデリングさん(ミオリネさんのお父さん)もそうでしたね。
このへんは、「子どもが求める愛を親が与えるわけじゃないが、親は親なりに子どもを愛している」という親子のすれ違いも描いているんだと思います。
プロスペラに関してはその逆ね……「子どもが求める愛を与えていても、子どもを愛しているとは限らない」みたいな。いや、どうなんだろ、さすがにまったく愛してないってことはないと思いたいけど。でもたぶん、プロローグですべてを台無しにされたことが、プロスペラの原動力だから、愛してはいても二の次なんだろうな。
話を戻しますが、グエル先輩、ここからまた地獄じゃないですか……
父親殺しちゃったんですよ、自分の手で。
実力的に父より上になっていたという皮肉な証明ができちゃってるのもエグい。
「親の呪縛からどう抜け出すか」「子どもとどう向き合うか」が今回のガンダムの狙いだと思ってたけど、ちょっと様相が変わってきた感じありますね。
和気あいあいの終焉
そもそもの話ですが、プロスペラの不気味さもだし、エランくんの件(容赦なく殺害)を考えても、水星の魔女という話が“明るい青春もの”で終わるわけはなかったんですよね。なんか錯覚しかけていたけど。
ニカちゃんがシャディクに協力していたのも、バレました。
彼女は彼女で事情があるんだろうなって思うから苦しい。
狭い世界の中で必死で頑張っている子どもには、報われてほしいんだけど。
スレッタが「お母さんの言っていることは正しい! 人を殺してでも大切な人を守らないと!」って感じで歪んで覚醒してしまったので、ミオリネさんとの関係にも亀裂が入るようです。
やがては最初のエランくんの顛末も知るでしょう。
スペーシアンとアーシアンとの確執も、一筋縄ではいかなそう。
“地球の魔女”側の所業が、アスティカシア高等専門学園の地球寮側の人たちに影響しないとは考えられない(シャディクはヘイトをアーシアンに集めるために彼らに依頼したのかなってちょっと思った)。
こういう戦いで思うのは、カテゴリ分けしていいことなんか一つもないなってこと。
個別で出会って言葉を交わしたら「けっこういいヤツじゃん」って思えたりするはずなの。
だけど、しゃべったことすらない、人となりも知らない相手を「敵対するカテゴリにいる人だから」って理由だけで殺せる人たちがいるんですよ。
これがどれだけ恐ろしいことか、観る人は考えたほうがいい気がする。
今後について
第2クールは4月からということです。
このあとどんなふうに展開していくんでしょうね。
スレッタがプロスペラの呪いから解き放たれる瞬間は描かれると思います。
おそらく、ミオリネさんや周りの人たちのおかげで。
ガンダム戦争そのものの結論は、いつもどおり出ないかもしれないですね。
容赦なく人が死ぬ。戦いは無意味に続く。それがガンダムだと思うので。
ひとまず続きを楽しみに待ちたいと思います。
いや、楽しみなのか……???


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