ガタカ

FEEL

1997年/アメリカ合衆国/106分/監督・脚本:アンドリュー・ニコル/主演:イーサン・ホーク ジュード・ロウ

初めて観たのは2005年。兄がレンタル屋さんで借りてきたものを。
2回目は2014年。TVのロードショーを録画していて、カットされたものを。
今回は3度目。自分で買っていたパッケージを、ようやく開けました。2023年。

もしかすると、『ガタカ』を再視聴するために、ここ最近の映画ブームがあったのかもしれない。
私がずっと観たかったのは、たぶんこの映画だった。
この映画がどれほど私にとって大切かを、他のものと比較することによって確かめたかったのかもしれません。

過去は置いてきたから、これを読んでいる方は私の昔の感想を読めませんが、今だから語れることを語ろうと思います。

ガタカの世界と現実

『ガタカ』の世界観では、遺伝子の優秀さがすべてです。
遺伝子レベルで優れていること、つまり、身体的、頭脳的な能力の高さを是とする時代です。

では、優秀な遺伝子をもった者は、みんな幸せなのか?

この問いに対して、『ガタカ』を観た人は「いいえ」と答えると思う。
誰よりも優秀な遺伝子をもっていたからこそ、苦しんだジェロームがいます。
不適合者(遺伝子レベルで劣っている人)だけれど、夢を叶えたビンセントがいます。

そして先ほどの問いは、こんなふうに言い換えられる。

人より優れ才能もっていれば、幸せになれるのか?

わかりますか。これはSFの話ではないんです。
今の、この世の中の話です。

「優秀」とは何か

私はこの映画を通して「優秀でいることは幸せの必要条件ではない」ということを学んでいました。
そして、号泣するほど深い感動を受けたのに、過去の2度の視聴のどちらでも、そのことに気づいていませんでした。
なぜならその頃の私は「優秀でいないと愛されない」という信念を自分が抱えていることにも、まったく気づいていなかったからです。

私は心のずっと深いところに信念をもっていました。優秀でなければならない。そうでない自分には価値がないって。
優秀じゃなくなったら、家族に見放されてしまうって。

その信念に気づき、緩められたのは、ごくごく最近のことなんです。
まだまだ完全には抜け出せていません。

「誰かと比べて上に立たなければならない」という強迫観念は怖いですね。
そもそも上って何? って話なんですよ。

そりゃ水泳ではタイムが出ますよ。
でも速いほうが上なの? 上って何? って話なんです。
ビンセントが弟くんに遠泳で勝ちます。
長く泳げるほうが上なの? 度胸があるほうが上なの? 上って何??

仕事が誰よりもできる人は、その分野において、そしてその組織において、最も適合しているというだけの話です。努力はあるかもしれません。でもそれも、誰よりも適合しただけです。
別の分野では、素人よりも何もできないかもしれない。

上っていうのは、狭い世界、定義、基準で比べたときの、ごく限定的な得手不得手の話で、その人の人間的な価値を決めるものではないのです。
「これはあなたのほうができますね」
というのは、優劣を決めているのではなく、個性にすぎないんですよね。

人は、自分が決めたわけじゃない狭い世界、定義、基準に踊らされています。
そこに当てはまらないだけで自分の価値がないと思ってしまうんです。

「優秀」は幻想。
たまたま、その分野においての適合性が無かっただけで、誰も劣っていません。

映画の中で象徴的な人が二人います。

一人目はビンセントの上司。
「暴力性がある」という遺伝子をもっていないのに、人を殺害しました。
遺伝子(=才能や優秀さ)がすべてではない証の一つです。

もう一人は6本指のピアニストでしょう。
現代では「奇形」と呼ばれるのかもしれない。
でも「彼にしか弾けない曲がある」のです。

ジェロームの人生

ジェロームは、優秀な遺伝子をもって生まれ、金メダルを取ることが当たり前だと思われながら生き、銀メダルを取った。
彼にとって銀メダルに意味はなく、絶望して、しらふのまま車に飛び込んで、でも優秀な体ゆえに死にきれなかった。

けれど、ビンセントと出会い、彼の夢を助けることができました。
足が動かなくなって、不適合者よりも不自由な暮らしをしなければならなくなったからこそ、彼はビンセントの役に立てました。
(今思ったけれども、こんなに医療が発達している世界なら足くらいすぐ治りそうなものだがな……)

ビンセントと一緒に夢を追い、それが叶った姿を見て、人生に意味を見出した。
意味を取り戻し、自分だけの意志でやっと生きることができるようになりました。

絶対にビンセントの夢を叶える。そのためなら、絶対に訪問者にビンセントを疑わせてはならない。どんなに大変でも、絶対に絶対に、何食わぬ顔で椅子に座って足を組んで笑ってやると、決めるのです。

そして、自分の人生を生ききったと、一人、焼却炉で焼かれます。

このとき、彼は銀メダルを自分の首にかけます。
さっき「彼にとって銀メダルに意味はなく」と言ったけれど、これは真実ではありません。
彼は「銀メダルに意味がない」と思いこまされていただけ。銀メダルは間違いなく、彼が一生懸命に水泳を頑張った証なんです。

ジェロームが過去の自分を受け入れた瞬間を、こんなふうに描くのも鮮やかだなぁと思います。

彼はビンセントと出会うまで、幸せではなかったと思う。
遺伝子に、つまり優秀さに依存していた状態で、遺伝子の優秀さこそが自分だと思っていたから。
でも、生きるということは、ありのままの自分で、自分だけの人生を作っていくことです。
叶えたい未来のために、今を一生懸命に生き抜くことです。
そのことを、必死で生きるビンセントからジェロームは学び、みずからの人生の価値を“自分で”決めて死にました。

ビンセントの人生

不適合者として生まれたけれど、どうしても叶えたいことのために、すべてをやった人。
そして夢を実現させた人。

昔の私(20年前も、10年前も)はこの人の生き方がずっとうらやましかった。
今ならわかる。私はジェロームだった。ジェロームの視点で彼を見ていた。
もちろん彼ほどの優秀さはありませんが、ビンセントを見て思ったことはたぶん一緒です。

ここまで必死でやれる情熱があれば、なんでもできるんだって。
「何ができて何ができないかを、勝手に決めつけるな」って。
ジェロームは周りの期待に応えることが人生だと思っていたけど、ビンセントにとっての人生は、自分の期待に応えてあげることだった

ここは大きな違いです。

さらにね、最後にビンセントは、自分が不適合者であるということも受け入れるんですよ。
だから、最後の尿検査は本当の自分の尿を出すんですよね。
そして、実はずっと、ビンセントが不適合者である可能性に、検査する人は気づいていた。
気づいたうえでスルーしていたし、最後には完全に自分の意志で見逃します。

検査結果の“不適合者”が“適合者”に変わるシーンが象徴的。
これこそが「ありのままのビンセントは不適合者ではない」という強烈なメッセージになります。

もしかすると、宇宙に行ったら体が耐えられなくて死ぬかもしれない。
ビンセントはすでに、地球でありのままで生きる幸せも見出していた。
ビンセントの本当の夢はたぶん、ありのままの自分を受け入れてもらうこと。
彼もまた、宇宙に行く段階で生ききっています。

人生の価値を決めるもの

他と比べたときの優劣で人生の価値は決まりません。
他人は、誰かの人生の価値を決めることはできません。

たとえ今の世界の狭い価値観では評価されなかったとしても、ありのままの自分がどれほど尊いかを理解し、「自分の人生に価値はある」と思えれば、それで価値は決まります。

自分が自分の人生をきちんと生きているかどうかです。
他人が決めた指標ではなく、自分自身の心に従って生きられるかどうかです。

人は他人がいないと自分の個性に気づけないから、比べること自体は悪くない。
でも世間の狭すぎる価値観でジャッジする必要はありません。

自分の人生の価値は自分でしか決められない。

それなのに、他者(の価値観)に価値判断をゆだねて本当にいいのか?

と、この映画に問われています。

今回心に引っかかったところ

初見では、最後の弟との遠泳対決でビンセントが「あのときと同じだ! (俺は)戻ることは考えずに全力で泳いだ!」って言ったところにグッと来たんです。
これは、私が彼に憧れていたから。こうやって夢のために全力を出したかったの。

でもたぶん、今の私は、この生き方には憧れていません。
いや、ビンセントは魅力的だけれど、今の私は本当に叶えたい夢のためなら全力を出せるし、もし本当に叶えたい夢なんだったら、もっと軽やかに全力を出せるとわかっているんです。ビンセントほど必死に、無理をしなくても、たぶん本物の夢は叶う。

だからなのか、それとも今回は吹替だったからなのか(敦子さんのユマ・サーマンが聴きたくて)、引っかかったところが少し変わっていました。(※変わらなかったところもある)

宇宙には君が行くべきだ。宇宙では歩く必要がない。

一言一句同じかわからないけど、ここ、ちょっと泣いちゃった。
ビンセントのコンプレックスとやさしさが両方出ている。

ジェロームのほうが本当はふさわしい人だって意味と、ジェロームだって自由になっていいんだっていう配慮が両方あって、心を打ちました。

たぶんここ、初見も2回目も引っかかってない。

ジェロームがビンセントの弟を迎えるところ

上でも言ったけど、階段を上るところ、ここは最初からずっと胸に来る。思い出すだけで泣く。
ジュード・ロウさんの演技がまた迫真なんです。
絶対にあきらめないし、絶対にやりとげるっていう意志を感じる。

これはたぶん、彼の人生の中で初めて、自分で決めて、「できない」と決めつけないでやり遂げたことなんじゃないだろうか。

という理由には、前回まではたどり着けてなかった気がする。

何ができて何ができないかを勝手に決めつけるな

ビンセントが弟くんに言った言葉。
裏を返すと「それを決められるのは自分だけだ」です。

私はちなみに、自分も他人も、生きているすべての人が、本当は何でもできるんじゃないかなと思っています。

ジェロームとビンセントの旅立ち

ビンセントが宇宙に向かう日、ジェロームがビシッと決めた姿で貯蔵庫から出てくるところからもう涙腺が緩んだ。
私はすでに、ジェロームがどこに旅立とうとしているのか知っているから。

「サンプルを提供する代わりに夢を分けてもらえた」

ちょっと前半が怪しい(体をうんぬんかもしれない)けど、こういった意味のことをジェロームが言いますが、このセリフも本心だってわかって泣けた。

そして、前述の尿検査のシーン。

ロケットと焼却炉の点火が重なる。

悲しさはあるけれど、すがすがしいラストです。大好き。

一番好きな映画

『ガタカ』がなぜこんなに好きだったのか、今回観てみてよくわかった。
優秀さにとらわれながら、ありのままの自分に戻りたかったからなんだと思う。
私も自分だけの意志で自分の人生を歩みたかったからなんだと思う。
昔はそれに加えて、ビンセントの生き方に憧れもあった。

必要以上に尺も長くなく、無駄が無く、テーマが明確に描かれていて、物語もわかりやすい。
観る人に考えさせる余地を残し、一層深いところに行くことはできるけれど、表層の物語だけを追うだけでも楽しめる。

エンターテインメントとしても、気づきを与えるツールとしても機能している。

さすがに20年経って観ても「面白いし好き」と言える作品は一生ものだろうなぁ。

これを超える映画があるならもちろん出合いたい。
でもこの映画は特別です。

今度はまた、字幕で観てみます。(10年後かもしれないが)

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