隣人がいつものようにトントン(スマホの音ゲー)し始めたので、ヘッドフォンして映画に集中しようと思い、気になっててネトフリのマイリストに入れていたこちらを鑑賞しました。
以前ツイートをよく読んでいた方が映画好きで、年間何本も観ているにもかかわらず、この映画を大絶賛していたんですよね。
主要な声優さんにまったく惹かれず映画館に行く気にはなれなかったのだけれど、面白そうな空気もなんとなく感じていて頭の片隅にずっとありました。
結果……
めっちゃくちゃ面白かった!!!!!!
これこれこれこれ!!!!! 私が観たいのはこういう作品~~~~~!!!!!
という気持ちをものの見事に満たしてくれました。
誰も死なないし悪役も出てこない。
事態を揺るがす大事件も起こらない(ピンチはあるが)。
だけど涙が止まらなかった。
全人類に観てほしい。
この映画から、「どう生きるか」を考えてほしい。
繰り返すけど、誰も死にません。ものすごく悲しいことも起こりません。
だけど、この映画の中には「どう生きるか」の答えがあるんです。
これぞエンターテインメント!
私の中では久しぶりの大ヒット作品。うまくまとめられる自信は無いんだけど、せっかくなので観たばかりのほやほや状態で記録に残しておこうと思います。
何のために? 誰のために?
小説でも絵でも漫画でもアニメでも、あるいはコンテンツや無形のサービスでもいい。
何かを生み出す人、表現する人がもっているべきなのは何なのか。
「べき」って言葉は基本的にあまり使いたくないのだけれど、これに関しては私もマストだと思うものがあります。
それは愛です。
「好き」でもいいし「信念」でもいいと思う。
とにかく心動かされるもの、他でもない自分がこうだと信じるもの。
外からの目や評価を気にするのではなく、ただただ自分の中にある“愛”を表現すること。
それが結果的に、同じ要素をもっている人の心に響くのだと、私は思う。
映画の中でジーンが「これ(ジーンが作っている映画)は僕だ」と気づくシーンがあるのですが、それこそこの映画のクライマックス。
作品に嘘偽りのない自分を出せる人が、結果的に成功すると私は思います。成功はおまけだけどね。
芸術ってセルフヒーリングだと思っていて。
基本他人のためにはできないんですよ。「誰かのために」で作品を作ると、響くものにならなくなっちゃう。嘘がバレちゃうというか。そのうち作れなくもなります。
自分を表し、救うものであることが絶対条件なんです。
だから、「自分のために」「自分を知るために」「自分を救うために」作られた作品が最強だと私は思います。
という答えを、この映画では示してくれていて、それが私の胸に響きました。
響いたのは、私の愛と、この映画が表現したかった愛が共鳴したからです。
愛のあるものは人の心を動かす
もう一つ、アランがいいんですよ~~!!
最初はさ、「ジーンの成功をめちゃくちゃにしようとするやつなのでは!?」と疑いの目を向けていました。心から謝罪します。申し訳ございませんでした!!!!!
アラン、徹頭徹尾いいやつで、ほんとビックリした。みんないい人の作品大好き~~~~!!!!
で、彼は器用になんでもこなして「やりたいことなんてないな」って状態で生きてきた人。なんとなく、できることをテキトーにやって生きてきた人。
だけど愛のないまま銀行員の仕事しているからさ、うまくいかないわけです。
その状態でジーンと出会い、下を向いてくさくさと歩いていたと思っていた彼が生き生きと映画監督をやっているのを知る。
その彼の危機を知って、「あんなにきれいな目をして頑張っている人の夢を後押しできなくて何が銀行だ!?」みたいな使命感が芽生えるわけですね。あ、こんなセリフは一切アランは吐いていません。でも伝わってくるんだよ。
ここで、アランの中にさっき言った“愛”が芽生えます。
ジーンの中にある愛が、アランを動かすわけです。
そして、アランの中に芽生えた愛が、世間を、そして銀行の上の人たちを動かす。直属の上司も、頭取も。
もーこのへんもずっと泣いてた。
愛って熱なんだよね。熱いの。溶かすの、心を。
「なんとかしたい」「なんとかするんだ!」って気持ちがさ、高温でやってくる。
私の心が動くのと同時に、映画の中の人の心も動く。この重なりがまた気持ちよくてたまらない。
こうやってちゃんと同じ気持ちにさせてくれる作品は本当にすごい。
「私は同じ気持ちにならんけどな……」としらける作品を、数多く観てきましたから。みんな小手先だったんだと思う。
アニメだからできること
特筆したいのは、映像も素晴らしかったこと!
ジーンくんの編集作業の精神世界の可視化とか、すごかった。
精神世界じゃなくて、現実でやっていることの再現もとても面白かった。あれも映像作品ならではの演出だよなぁ。効果的な切り貼りの表現とかはさ、アニメ作っている人だからこそできることだと思うし、ここにも映画のスタッフの愛が生きてる。
ポンポさんが一瞬太る演出とか、冒頭の、ナタリーに惹かれる瞬間(空が美しくて水たまりに飛び込むところをバスの中からジーンくんが見るところ)の演出とかも素晴らしかった。
巻き戻しで時間が戻ったことを表すのも、映像ならでは。
音楽も効果的に使われていたと思う。正直集中していたのであまり聴いていませんでしたが(それもまた映画音楽として成功している)。
あと、この作品って、ジーンくんが大抜擢をされて、そのまま成功するっていうかなりストレートな作品なんですよ。
すごくうまく描かれているので、多くの人の心に響くとは思いますが、たぶん、努力しまくって苦手を克服しまくって我慢しまくって成功を手にした人が見たらイライラするんじゃないかなー。
で、そういう話だからこそアニメって媒体はいいなって思うんですよね。演出的に実写だと表現したいことができないだろうけど、それだけじゃなく、テーマ的にもアニメだからこそ緩和されるというか、許される部分ってある気がしていて。
ファンタジー感を優しく受け入れる器。
そういった側面でもアニメである意味がある。
90分!
ジーンくんは、ポンポさんにも楽しんでもらいたかった。
自分を表現することも大事だけど、ポンポさんが納得する映画も作りたかった。
だから90分に収めるわけです。
この結末はもちろんわかってましたよ。わかってたけど、ここはなんだろうやっぱりカタルシスだよねぇぇ。サービス的な意味で、ちゃんと回収してくれてありがとうって思いました。
そんでもって、この映画自体も90分!!!!!
so coooooool !!!!!!
納得できないところ
ポンポさんが「ジーンくんの目が一番死んでたから創作に向いていると思った」と言っていたのは私の考えとは違いました。
ポンポさんは間違っている! と言いたいわけじゃなくて、リアルで楽しく生きている人、夢への情熱を燃やしている人だって創作に向いているよ。アプローチが違うだけだ。と思うのです。
ただ、人のサポートが必要なのはジーンくんみたいな人なのかなって思うから、そういう点では合っているのかも。
あと、ジーンくんが「何かを得るためには何かを捨てないといけない」と言っていたのもあまり賛同できません。
「人生は選択の連続で、選択しなかったほうは切り捨てるしかない」というのは正しいと思うんだけど、本当に欲しいなら「両方選択する」だってできるって私は信じているから。
本当に欲しいもののために今ある不要なもの(でも手放すのが怖くて執着しているもの)を捨てるっていうのはあると思うよ。でも、本当に欲しいものが二つあるなら両方手に入れていいし、その道もあると思う。
どう生きるか
けっこう書けましたね。やっぱり鮮度が高いうちに書くのって大事だな~。
まとめに変えて、冒頭の私の話の答え合わせを。
目次の最初の項目にほとんど答えを書いているのですけど、要するに「自分の心に従って生きなさいよ」ってことです。
心が求めるものを求める。心が拒絶するものは手放す。ただそれだけでいいのです。生きるというのは、ただそれだけ。
でも、人は赤ちゃんから大人になるまでの過程でいろーーーーんなものを身に着けてしまいます。
そのせいで、自分の心が見えなくなっていたりするんですよ。見ないふりしたりもする。
だから、ちゃんと見つめようね。自分を知ろうね。そして、せっかく見つけてあげたなら、受け入れてあげようね。愛そうね。
と、いうことを、この映画から感じ取れました。
今の私はそんなふうに生きようしているけど、映画の公開当時はそうじゃなかった(たぶん)。
だから、“今”観たのも意味があると思います。
面白くて大好きな作品に出合えてちょう幸せです!


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